作者の思考
少子化の実態を考える
2014年09月07日
私が考える少子化の原因は、女性が求める基準が「お金と言う道具に代わって行ったから」だと考えます。(全ての女性では無いけど)
古代では女性が求める主な基準は食料(食という安定)でした。
それを得る為には、身体能力に秀でた男が、身体能力に制限のある女性の為に狩猟をする必用がありました。
そのシステムの中で、優秀な遺伝子を求めて子孫を残したのだと考えます。(農耕であっても、男の身体能力が求められた)
お金が誕生してからも、女性はそれらを得る手段を制限されてきました。
そして与えられ続ける事で、お金が食料に代わる「求めるべき安定」となっていきます。
食料がお金に代わると、どうなるのか…?、まず身体能力は必要なくなります。
この事で女性としての「優秀な遺伝子を求める基準」が変わっていきます。
そして現代の日本人へと繋がるわけですね…。
更に現代では、女性でもお金を得る事が可能になってきました。
自分でお金が得られる、そうなると男に求めるものも、また変わってくるわけです。
女性は自分で得る事が困難な存在を魅力と感じますので、男は昔のように身体能力による「何か」でアピールする必用があるのだと思います。(戦争では無く)
でも、その前の時代に身体能力に依存しないお金を求めたので、脆弱な男が多く誕生しています。
その者達が、どうやったら現代の強く成りつつある女性にアピールできるのでしょうか?
これはどちらが原因だったのだろう…、「優秀な遺伝子の基準」を間違えた女性なのか、お金を与えて錯覚させ続けた男なのか…。
何であれ、現代の多くの女性が男に魅力を感じないのは、自分に持っていないものを「今の男から見出せていないから」でしょうね(笑)
多分、理解したのだと思います、ふんぞり返っていた男達が虚栄であった事が(笑)
しかも現代での「稼ぐ事」を純粋に考えた場合、女性の方が向いているんですよね。(良くも悪くも)
その領域から女性を引っぱり出すには、それ相応の魅力がなければ不可能なのでしょう。
本気で優秀な子孫を増やしたいのなら、お金とは別の「女性には手に出来ないであろう何か」を、男がもたらす以外には方法が無い気がします。
そう言えば、化粧は女性が男の気を引く為に誕生したと言われています。
男が女性の気を引く行為で「二足歩行」に進化し、女性が男の気を引く行為で「外見の美しさ」を得たのかもしれませんね。
でも今は、どちらも性別に関係が無くなり特有の魅力とはなっていません。
順番的には男の番かと思いますので、やはり男特有の魅力が必用となっている気がします。
女性がお金を得る手段が増えたからと言っても、未だ男の経済能力は魅力的に映っています。
でも、その基準だと男の特権である身体能力が低下します。(よって低下した子孫が誕生する確立が高くなる)
女性が強くなっていくのに、男が弱くなっていくので子孫は増えません。
また、男の子は母親の運動神経を継ぐ事が多いらしいので、女性もお金だけを求めていたのでは強い男の子を産む事が出来なくなります。(まぁ、人間社会では身体能力だけが高くても意味無いのですが…)
身体能力とは先天的なものですが、錬磨・研鑽すれば、それなりに高める事は可能です。
他者との比較ではなく、子孫に繋がる能力は高めておいた方が良いわけです。(それが親に成る者の責任というものですね)
もし優秀な部下を育てたいのなら、それは育てる事に特化した女性に任せ、まず男は自分の子供を立派に育て上げる必用があるのかもしれません。
その経験が無くては教育の本質も解らないし、子供の頃の教育こそが大人になってからの基盤となります。(この領域では女性は行き詰まっているので、男との交代が必用なのだと感じます)
今、日本に求められているのは単に若者の人数では無く「優秀な子孫の繁栄」なのだと考えます。
徴兵制度を嫌う人が多いですが、別に戦争する為に行くのでは無いのですよ。
大体、戦争を始める者の多くは自分で闘いませんし(笑)
そんな輩の命令なんて聞く必用は無く、「誰がその者なのか」を見極めて的確な対処すれば良いのです。
その為の力と知識を学ぶ必用は、これからの若者には必要不可欠でしょう。(仮想空間の闘いだけで終われば必要ないけどね…)
要は闘える者は選択できるって事です。(闘うか、闘わないかを)
闘えない者は選択できない現実しかなく、ただ支配されるだけ、それを認識する必用があるでしょう。
闘える者が多くなった場合、誰も無駄に争う事はしないかと。
なぜならば、双方が無傷ではすまず、それが致命傷になりかねないからですね。(小競り合い位はあるかもしれませんが)
軍鶏として内戦させ商売に発展させる者達もいますが、これは日本には通用しないでしょうね。
これからの時代、様々な意味で女性の選択が命運を分ける事になるでしょう。
それを自覚して未来へ進んでもらえると助かります。(他力本願で申し訳ないです…)
この事は結婚願望が無い私にも、全く無関係ではありません。
遺伝子を残したいと思われるかは別として、私の作品を繋いで行く為には絶対に女性の力が必用です。
女性特有の高い感性に訴えかける行為が不可欠で、結局は魅力的な存在と認識される事が求められるわけです。
同姓にも必用なアピールですが、高い感性を持った男は少なく、張り合う事が先に出てくるので繋ぐ事には向かない対象だと言えます。(本能なので仕方ないですが)
そんな中でも理解してくれる男性もいますので、その人達は大切にしていきたいと思います。
どんな領域であれ、例えそれが子孫繁栄に繋がらない領域であっても「異性に向けた主張」と言うのは、人間社会には必要不可欠な行為なんですよね。
でも過剰に顔色を伺うのは、そのもの(繋ぎたいもの)の存在価値を下げてしまい、そのもの(その作品)は本来の力を失って誕生・存在してしまいます。
なかなか難しいバランスですね…、それでも古代から続いている人類の法則でもありますので、それを理解しながら受け入れ活用しようと思います。
こう考えると少子化ってかなり深刻、税金を天引きする人員が少なくなるってだけでは終わらないかと。
異性へのアピール能力の低下は、人類存続の危機とも言えるのでしょうね。(でも人類自体が減っているようには思えないのですが…、それと評論家モドキばかり増えているのも問題な気が…)
しかし、こんな状況だからこそ本物が誕生する気もします。
なんか結局は少数精鋭と成っていく気がするのは、私だけなのだろうか?
古代では女性が求める主な基準は食料(食という安定)でした。
それを得る為には、身体能力に秀でた男が、身体能力に制限のある女性の為に狩猟をする必用がありました。
そのシステムの中で、優秀な遺伝子を求めて子孫を残したのだと考えます。(農耕であっても、男の身体能力が求められた)
お金が誕生してからも、女性はそれらを得る手段を制限されてきました。
そして与えられ続ける事で、お金が食料に代わる「求めるべき安定」となっていきます。
食料がお金に代わると、どうなるのか…?、まず身体能力は必要なくなります。
この事で女性としての「優秀な遺伝子を求める基準」が変わっていきます。
そして現代の日本人へと繋がるわけですね…。
更に現代では、女性でもお金を得る事が可能になってきました。
自分でお金が得られる、そうなると男に求めるものも、また変わってくるわけです。
女性は自分で得る事が困難な存在を魅力と感じますので、男は昔のように身体能力による「何か」でアピールする必用があるのだと思います。(戦争では無く)
でも、その前の時代に身体能力に依存しないお金を求めたので、脆弱な男が多く誕生しています。
その者達が、どうやったら現代の強く成りつつある女性にアピールできるのでしょうか?
これはどちらが原因だったのだろう…、「優秀な遺伝子の基準」を間違えた女性なのか、お金を与えて錯覚させ続けた男なのか…。
何であれ、現代の多くの女性が男に魅力を感じないのは、自分に持っていないものを「今の男から見出せていないから」でしょうね(笑)
多分、理解したのだと思います、ふんぞり返っていた男達が虚栄であった事が(笑)
しかも現代での「稼ぐ事」を純粋に考えた場合、女性の方が向いているんですよね。(良くも悪くも)
その領域から女性を引っぱり出すには、それ相応の魅力がなければ不可能なのでしょう。
本気で優秀な子孫を増やしたいのなら、お金とは別の「女性には手に出来ないであろう何か」を、男がもたらす以外には方法が無い気がします。
そう言えば、化粧は女性が男の気を引く為に誕生したと言われています。
男が女性の気を引く行為で「二足歩行」に進化し、女性が男の気を引く行為で「外見の美しさ」を得たのかもしれませんね。
でも今は、どちらも性別に関係が無くなり特有の魅力とはなっていません。
順番的には男の番かと思いますので、やはり男特有の魅力が必用となっている気がします。
女性がお金を得る手段が増えたからと言っても、未だ男の経済能力は魅力的に映っています。
でも、その基準だと男の特権である身体能力が低下します。(よって低下した子孫が誕生する確立が高くなる)
女性が強くなっていくのに、男が弱くなっていくので子孫は増えません。
また、男の子は母親の運動神経を継ぐ事が多いらしいので、女性もお金だけを求めていたのでは強い男の子を産む事が出来なくなります。(まぁ、人間社会では身体能力だけが高くても意味無いのですが…)
身体能力とは先天的なものですが、錬磨・研鑽すれば、それなりに高める事は可能です。
他者との比較ではなく、子孫に繋がる能力は高めておいた方が良いわけです。(それが親に成る者の責任というものですね)
もし優秀な部下を育てたいのなら、それは育てる事に特化した女性に任せ、まず男は自分の子供を立派に育て上げる必用があるのかもしれません。
その経験が無くては教育の本質も解らないし、子供の頃の教育こそが大人になってからの基盤となります。(この領域では女性は行き詰まっているので、男との交代が必用なのだと感じます)
今、日本に求められているのは単に若者の人数では無く「優秀な子孫の繁栄」なのだと考えます。
徴兵制度を嫌う人が多いですが、別に戦争する為に行くのでは無いのですよ。
大体、戦争を始める者の多くは自分で闘いませんし(笑)
そんな輩の命令なんて聞く必用は無く、「誰がその者なのか」を見極めて的確な対処すれば良いのです。
その為の力と知識を学ぶ必用は、これからの若者には必要不可欠でしょう。(仮想空間の闘いだけで終われば必要ないけどね…)
要は闘える者は選択できるって事です。(闘うか、闘わないかを)
闘えない者は選択できない現実しかなく、ただ支配されるだけ、それを認識する必用があるでしょう。
闘える者が多くなった場合、誰も無駄に争う事はしないかと。
なぜならば、双方が無傷ではすまず、それが致命傷になりかねないからですね。(小競り合い位はあるかもしれませんが)
軍鶏として内戦させ商売に発展させる者達もいますが、これは日本には通用しないでしょうね。
これからの時代、様々な意味で女性の選択が命運を分ける事になるでしょう。
それを自覚して未来へ進んでもらえると助かります。(他力本願で申し訳ないです…)
この事は結婚願望が無い私にも、全く無関係ではありません。
遺伝子を残したいと思われるかは別として、私の作品を繋いで行く為には絶対に女性の力が必用です。
女性特有の高い感性に訴えかける行為が不可欠で、結局は魅力的な存在と認識される事が求められるわけです。
同姓にも必用なアピールですが、高い感性を持った男は少なく、張り合う事が先に出てくるので繋ぐ事には向かない対象だと言えます。(本能なので仕方ないですが)
そんな中でも理解してくれる男性もいますので、その人達は大切にしていきたいと思います。
どんな領域であれ、例えそれが子孫繁栄に繋がらない領域であっても「異性に向けた主張」と言うのは、人間社会には必要不可欠な行為なんですよね。
でも過剰に顔色を伺うのは、そのもの(繋ぎたいもの)の存在価値を下げてしまい、そのもの(その作品)は本来の力を失って誕生・存在してしまいます。
なかなか難しいバランスですね…、それでも古代から続いている人類の法則でもありますので、それを理解しながら受け入れ活用しようと思います。
こう考えると少子化ってかなり深刻、税金を天引きする人員が少なくなるってだけでは終わらないかと。
異性へのアピール能力の低下は、人類存続の危機とも言えるのでしょうね。(でも人類自体が減っているようには思えないのですが…、それと評論家モドキばかり増えているのも問題な気が…)
しかし、こんな状況だからこそ本物が誕生する気もします。
なんか結局は少数精鋭と成っていく気がするのは、私だけなのだろうか?