作者の思考

河川モニターの返答(11月分)

2015年12月27日

提出した河川モニターの返答をもらいましたので、お知らせします。

根知付近の返答です。








「11月下旬〜12月上旬の水位は、小さな雨が周期的に降ったため、3回ほど山本の観測所で1m程度水位が上がっています。12月11日から12日にかけてややまとまった雨が降った影響で山の融雪が起こり、山本の水位観測所で2.5mほど水位が上がっています。水が引いた後の河川敷は、流木に限らずいろいろなものが移動していますので、今回の情報も含め出水時の流れを推測する情報として活用させていただきます。
 河川敷の木も葉が落ちて枯れ木状態となったので、根知、山本、大野、西川原、寺島、西中(釜田川合流部)で河川管理上問題となる木を伐採しています。川原の賑わいを減らしてしまいますが、姫川の場合、濁流に流された大きな木が橋などに引っ掛かり流れをせき止めること、流された後の根の穴から浸食が進むことを防止するための伐採となります。ただし、川原の木はつまらないものでは無く、自然にとって重要な役割を担っていると考えていますので、伐採は樹木の生長を考慮して5年程度のサイクルで行い、今年はアキグミなどの背が高くならない気は極力残すようにしています。姫川は暴れ川で河川敷も流出と再生を繰り返してきたのでしょうから、伐採は里山管理のようなイメージで、自然と河川管理とのバランスを崩さないようにしていきたいと考えています。また、伐採した木の幹の部分は丸太にして無償配布しています。これから薪やキノコ栽培の原木として使われるようですので誰かの役に立っています。姫川と地域の繋がりも大事にしていきたいと思いますので、そういった情報がありましたらよろしくお願いします。
 今年は雪が遅そうです。暖冬との予報も有り、川原を歩く人も雪が積もるまで活動するのでしょうか。雪が融けて川原の景色の再生が始まったころに、不自然に割れた石がゴロゴロあらわれるのはガッカリです…、大人と一緒に川遊びをする子供達を見かけたこともありますのでとがった岩石は危険を感じます。自然の厳しさの中で不意に見つけた優しさは心が温かくなるのですが、単に自然を損なう行為は寂しい限りです。」


との事でした。


今年は気温が少し高いようで、雨が雪にならないまま降る事で姫川の水位にも変化があるようです。
河川敷の木は定期的に伐採されているようですが、その伐採した木も無駄にせずに活用を試みているようです。(今のところ活用している知り合いがいないのが残念…)

つまらない物は自然の世界には存在せず、人間の社会にのみ存在しています。
この領域でもリサイクルができたのならば、それは伝統・文化に繋がるのかもしれませんね。

人が一度でも手を加えたものは自然にまかせても荒れるだけなので、最後まで人の手で管理する必用があるのでしょう。
それが嫌なのなら最初から手を出さなければ良いのであって、現実逃避せずに他の動物と同じ生き方をすれば良いのでしょう。(これは人類の責任であり、贖罪とも言えるので逃げられない)

今の季節は海の方が人が多くなります。
浜辺でヒスイとの出逢いを求める人の多くは、川で鉱物を破壊する事はありません。(海底で探す人は破壊するかも…)
ただ海での事故も多くなる時期なので、欲を出さずに正確な状況判断を心がけてほしいです。
事故にあうのは私が知る限り男だけなので、もっと女性を見習って欲しいと思います…。

私も「不自然に割れた石がゴロゴロあらわれるのはガッカリ」しますが、同時に疑問に思うのは「川原だといってもハンマーなのど凶器になる道具を普通に持って歩く事は異常なのでは?」って事です。
鉱物好きの男なら、一度は持って歩いた事はあるのでしょうが、普通に考えるとおかしな光景ですね。
これがノコギリだったらどうなるのかな…、とかも考えます(笑)
もっと山奥で、探検を気取って楽しむなら目に付かないので何も言われないのでしょうが、下流辺りで持ち歩かれると滑稽にさえ思えます。(工事の人達は仕事なので別、そもそも用途が違うし(笑))
地質学者や鉱物学者じゃあるまいし…、家に持ち帰って敷地で割れば良いのにとも思います。
花崗岩を割る理由は理解できますが、花崗岩は糸魚川には少なく割られている石もそのタイプではありません。(翡翠に類似している鉱物だけが割られている)

しかし、これは慣れによって受ける印象であり「感性の劣化」とも言えるのかもしれません。
最初は楽しくて仕方がないのに、慣れてしまうと感動しなくなるのでしょう。
ちなみに慣れは「感性の劣化」をもたらしますが、同時に「耐性」が得られます。
これにより騙されなくなり、正確な判断が可能になります。
でも感性は劣化していき面白くなくなるので、新たな感動(耐性)を求めて彷徨って生きる、なんか「人間の本質」そのものって感じですね(笑)

時代が進めば進むほど劣化していく領域、売れば売るほど劣化していく存在…、そんな世中でも正反対に高まっていく存在もあるのだから、人の世も捨てたものではないと感じます。(私にとって唯一の救いと言えます)

人間は矛盾している生き物であり、現実と幻想の狭間で進化していく何とも不思議な存在なので、それに生まれたのだから狭間の世界を一生懸命に楽しもうと思います。(と同時に抗おうと思います(笑))


あ、また話が逸れました…。

要は、いつまでも鉱物を叩き割っていないで「先へ進んでくれ」って事です。
尖った岩石も怖いけど、凶器を持って彷徨くオッサンやジジイの方が、よっぽど子どもは怖がるかと思いますし(笑)
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