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作者の思考
翡翠の見方 3
2011年07月17日
糸魚川翡翠の加工で最も苦労する行程は「磨き」だと言っても良いと思います。
翡翠は堅いので造形も大変なのですが、複雑な形でも木彫などが出来る人なら工具次第で何とかなります。
(それでも時間と手間のかかる大変な作業には変わりませんが…)
造形した後に研磨剤を細かくしながら何度も同じ作業を繰り返し、荒削りでの研磨痕を消していきます。
それから本題の艶を付けていくのですが、造形が細かい程その作業が困難になり、翡翠輝石の細かさや不純物の有無などにも影響されていきます。

また、きめが細かくて透明感のある翡翠でも艶付けの難しい翡翠があります。
おそらく、翡翠輝石の配列に問題があるようにも思えますが、確かな事は分からず経験でそう言った翡翠を見分けるこが可能になります。(白翡翠に配列の乱れが多い気がします)

磨きにも種類がありますが、望まれるのは一般的に「鏡面・ガラス光沢」と言われている磨きになります。
この理由としては他の天然石の商品が鏡面仕様となっていて、見ため的にも綺麗で高価に見え事が最大の理由だと思います。(人間にとって、とにかく輝いてさえいれば良く見える)

大概の品はガラスでコーティングされているので、本来磨きがあまり出せない鉱物(トルコ石・ラピスラズリ・ソーダライトなど)も鏡面仕様になっている事があります。
処理されていない天然石(結晶体)のほとんどは振動・回転バレルによって全自動で磨かれています。

実際に岩石類は脆いものが多く、退色や風化によって使えなくなってしまうので特殊なオイルを染み込ませたり、表面をコーティングする事は商売上では常識となっています。(宝石ではエメラルドやオパールなど)
ヒビが多くてもコーティングする事で頑丈になり、ヒビ自体も見えづらくなって、更に鉱物自体を磨く必要もなく、色すらも付けられるといった事が商売上の大きなメリットとなるようです。
こうなると天然石を使う意味があるのか疑問になりますが、脆い鉱物には仕方がないのかもしれません。

翡翠は岩石の中では硬く頑丈で、それ自体に艶を付ける事の出来る鉱物ですが、結晶ではないのでバレルのみでの自動磨きでは上手く艶を出せず、長時間バレルに入れるため柔らかい部分が凹んでしまいます。
(光沢はヌメっとした樹脂光沢っぽくなります)
鏡面磨きをする場合は水を使わず、遠心力と摩擦熱が絶対に必要であり、勾玉などのシンプルな形なら全面を同じ様な艶に仕上げることは可能ですが、細かい彫刻(中国とかの)などの細かい溝などを同一の鏡面磨きにする事はどうにも不可能のように思えます。
(勾玉の腹部分は高速回転で何度も磨かないと均一な磨きは出せません)

作品として人生をかけている品なら何度も繰り返して、ダイヤモンドパウダーを使用しながら溝などを磨き上げることは可能ですが、これは膨大な時間と手間のかかる事なので商売には適応できません。
(一度、細かい部分の磨きをしてみれば解ると思います…)

なので、ここでもガラス等のコーティングが登場するわけです。
コーティングして一つの結晶体(均一の硬さ)としてしまえば、バレルでも容易に磨くことができます。
水晶などの石英は、このバレル磨きでピカピカになるので、それを応用したのだと思います。
ガラスを磨く場合は遠心力と摩擦熱は必要ではなく、低速回転で磨き上げる事も可能となります。

結論として、石質が良くシンプルな形の品であれば全体的な鏡面磨きは難しくなく、石質が不安定で複雑な形の品の場合は全面を同一の鏡面磨きにする事は不可能に近い事になります。
前者はバレルでの全自動磨きが可能ですが、後者はバレルでの全自動磨きが不可能となります。

糸魚川翡翠は石質が不安定な翡翠が多いので、そういった翡翠には鏡面磨きは適さないでしょう。
それでも糸魚川翡翠には風合いがあり、独特の魅力があるように私は思えます。
磨く必要のある翡翠は磨き、磨く必要のない翡翠は磨かなくても十分に良さを表現できると思います。

こういった事は女性は理解できるのですが、男性には理解できない人が多いようです。
男性の方が美意識が低いのかもしれませんが、もっと表現の自由を識った方が良いのでは無いだろうか…。

しかし、漫画と活字の普及の差のように、人が伝わりやすい方に流れるのは仕方がないのかもしれません。
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