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作者の思考
翡翠の見方 その二
2011年05月07日
翡翠の緑には多くの種類がありますが、大きく分けると「明るい翠」と「深い緑」の2種類になります。
昔の翡翠の印象は透明感のある「深い緑」で、多くの日本人に愛されたようです。
中国では「明るい翠」に人気があり、太陽光で翠色が膨張するような淡い感じが好まれていました。
現在では翡翠と言ったら「明るい翠」が代表的になっているように思われます。
見栄えが良くて誰にでも魅力が伝わりやすいので、販売しやすいのも理由かと思います。
また、「明るい翠」には幅があり絶対数が多いので、供給面でも扱いやすい種類となっています。

それに比べて「深い緑」は幅が狭く、色が濃すぎると黒っぽくなったり、角閃石と混じり合ったりと石質的にも不安定で扱いにくい種類となります。
この系統はどうしても年輩向けの印象が強く、若い人達からは人気がありませんが、
逆に言えば幼稚ではない品格のある翡翠で「身につける人を選ぶ」という特徴があります。
そう言った事もあり、この系統は玄人好みの分類になっていて商売としてあまり表には出てきません。
画像にある品は、その中でも透明度も抜群で深い緑をもった最高クラスで作ってあります。
なかなか無い高品質の翡翠ですが、その良さは「知っている人」にしか理解されません。
こうした埋もれている翡翠は結構あるので、その良さを伝えて行きたいと考えています。
それを知った上で、判断して翡翠を購入されれば楽しさも増していくかと思います。

それとは別に気を付けたいのは「商品」と「作品」の違いです。
商品とは良く言えば「お客様の目線に立った品」であり、悪く言えば「人の顔色をうかがった品」です。
基準を決めて品の善し悪しを誰にでも解るようにしなければなりません。(ダイヤモンドが代表的)
この場合は、「翡翠の品質」と「職人の技巧」の二つが基準になっていくと考えています。
カラーダイヤのように「稀少」なものには、更にレベルの高い基準が設けられていて普通の人では手が出せません。
翡翠にも同じ事が言えますが、どんな世界でも「稀少なもの」は別格の扱いになりますので常識かもしれません。

作品とは良く言えば「独創的な世界を持った品」であり、悪く言えば「自分勝手で一方通行の品」です。
善し悪しの基準が難しく(無い?)、誰にでも解るような世界にはなっていません。
この場合は、「作品の好き嫌い」と「作者の好き嫌い」の二つが基準になっていくと考えています。
ここに職人クラスの技巧は、あまり必要でなくて純粋に「好き嫌い」での判断になるのでシンプルではあります。
作品にも解りやすい部門があり、絵画で言えば写実派の作品が解りやすく、印象派の作品になると朧気になっていきます。
その絵の上手いか下手を、実物と似ているかで判断して見てしまう人が多いので写実的な方が良く思えますが、
どんな作品であれ、見た瞬間に魂を揺さぶるような作品があれば、それが自分にあった品なのだと考えれば良いでしょう。
こちらも稀少という意味での「一点もの」として、別格の扱いになりますので高額になる作品が多く存在します。

それぞれの世界によって基準が違うので難しいですが、そこが魅力的な領域なのかもしれません。
それを楽しむ為にも、その対象への知識が必要条件となるでしょう。
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