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作者の思考
姫川で遊ぶ
2016年07月30日
この日(7/24)は快晴となったので、根知周辺の姫川を探索しました。
特に川が荒れたわけではありませんが、川で遊ぶのに「そういった理由」は必用ないでしょう(笑)
単に「無性に川へ入って鉱物を探したくなる」、「無性に自然と遊びたくなる」って感じで良いかと。

天気も良いのでワクワクしながら、河川敷から本流へ向かいます。
ここの河川敷は広く、川へ辿り着くにも一苦労(笑)、けっこう歩くので、それだけで疲労します(笑)

ようやく川に到着!、流れは穏やかで澄んだ水が流れていました。
もう夏なので、お構いなしにジャブジャブと靴で川へ入ります。
疲労して熱を持った足が冷やされて最高!、でも苔などで滑るので油断は禁物です(笑)






水量も少な目だったので歩きやすく、下流へ100mくらい下ってみました。
普段は行けない所も、夏なので濡れる事を恐れずに進めます。(水も少ないし)
透明度が高く、太陽光をキラキラと反射する美しい姫川を見つめながら歩きました。
底が深くなっている場所は、まるで川底に深緑のヒスイが眠っているかのような色をしていて、「姫川が宿す神秘」を感じる事ができました。






特に期待せずにジャブジャブと歩いていると、角張った石を発見。
珪石にも見えたので横着をして足でひっくり返すと、白い肌が確認できました。
すかさず手で拾い上げると、ずっしりと重く、うっすらと翠がかる肌が目に入りました!
これは間違いなくヒスイです!、石目が多いし発色も良くはありませんが、ヒスイである事には間違い無く、作品を創るには問題は無いでしょう。(良い出逢いが在って満足、神(自然)に感謝です!)




乾くと川磨れにより白っぽくなりますが、その代わりヒスイ輝石がキラキラと輝きます。
その姿が姫川と重なり「底なる玉」と言う表現には、それらも含まれているのだと改めて理解しました。(体験が人を成長させるのも感じます)

その表現には生物としての習性(色)だけじゃ無く、「出逢った感動や姿の美しさを尊ぶ人の感性」が込められているのだと感じました。
それらを理解して活用をしなくては宝の持ち腐れ…、ヒスイ自体は既に魅力を宿しているので「人としての魅力をいかに付加するか」が、とても重要で困難な事です。(だから面白かったりもしますが(笑))

なんであれ、この縁を大切にして行かなければ創作能力を持って生まれた意味が無い。
これは使命であり、責務であり、課題でもあり、未来へ繋ぐ同士への道標でもある訳ですね…。
乞食の戦争屋(の末端)が跋扈する中、何処までそれを示せるのか期待と不安が入り交じりますが、信じて進めば道は示せると思います。(道自体は既に古代人(一部の)により作られていて、それを照らしながら辿る事が道標となるのだと考えます)


この喜びを水神様の祠に報告したいのですが、大岩が小規模な密林となっていましたので断念(笑)
しかしそもそもに大岩が祠なので、神の御前で今回の出逢いの感謝の祈りを捧げました。
見るからに生命に満ち溢れた大岩を前に、昆虫の楽園だと感じて子ども心が疼くのは、幼少から神(自然)と遊んで楽しかった思い出が在るからなのでしょう。(記憶に在る懐かしい景色と匂いに興奮します)




非常に楽しい川遊びだったので満足!、今回の探索はこれで終えます。
帰り際に、国道沿いの堤防上部に咲いている黄色い花々の中を歩きました。(妖精のようです)
吹き抜ける風が気持ちよく、足を川へ入れていた事もあり体感温度は高くありませんでしたが、この日の気温は30℃となっていました(笑)





夏は、くれぐれも熱中症には気を付けて遊んで下さい。
雨が降った次の日などは河川の水の上昇がありますので、慎重に川へ入らないと命を落としかねません。(特に川や海は黄泉と繋がっているので、注意が必要です)

この躍動の季節で、自然(神)との距離感を養い、神々との交歓を楽しんでくれる事を願います。
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