2014年12月24日
光沢についての表現には、ガラス光沢・金属光沢・樹脂光沢・真珠光沢など、幾つもの表現法があるようです。
これらの例は、光沢として優秀であるのと同時に、他者に伝える際にも伝わりやすい基準なのでしょう。
しかし、それをヒスイにも当てはめるのは、どうにも不自然な気がします。
要はガラス光沢は「ガラスそのもの」の光沢であり、ヒスイの光沢ではありません。(鏡もガラスと銀で出来ていますし)
樹脂光沢も樹脂の光沢だし、金属光沢も金属の光沢です。
水晶(石英類)、琥珀、金・銀・銅・鉄などの金属ならば、これらは相応しい表現だと思います。(でも、ヒスイの表面をガラスでコーティングしたり、樹脂でコーティングするなら、この表現でも良いのでしょうけど…)
これらの表現を使っていると、それらの光沢が「ヒスイより上位の存在」と成ってしまうように思えます。
これはインドヒスイとか、オーストラリアヒスイとか、そういった言い方と良く似ていて、便乗している感が出ています。(正確に言えば、便乗の意味合いが違いますけど)
それがどうにも気に入らない(笑)
なので「ヒスイ光沢」と言った表現を、確立しようかと考えています。
既に蝋光沢などの表現があるのですが、それは原石での表現であり、磨き上げた作品には相応しくないと考えています。
磨かれたヒスイには独特の光沢があり、ガラスでも、鏡でも、樹脂でも、金属でもありません。
光沢を追求して行くと、それらに近くなっていきますが、それでも違った輝きを示します。(磨かれていないヒスイ輝石の輝きは「光沢ではなく煌めき」であり、それを雪や氷に例えるのは良いと考えます)
しかし、その微妙な違いを、どう説明して行くのかが課題になりそうです。(なかなかの難題ですが、本当にヒスイを好きな人になら伝わるかと思っています)
実際、素人の人達に解りやすく言うと「ガラス光沢+樹脂光沢」と言った表現にするのが、一番伝わりやすいのは事実です。(堅さと柔らかさを合わせ持つ光沢)
しかし、ヒスイは様々な色があり、質もそれぞれに違うので、全てが同じ光沢にはなりません。(光源によっても違いが出ます)
その幅を明確にした後に「ヒスイ光沢」とする事で、より伝わりやすい表現になるかと思います。(艶消しも含む)
ただ、普段使っている物(生活必需品)に例えた方が、他者に伝わりやすいって言うのが現実なんですよね…。
普段の生活で目にしている物で例えた方が、皆に伝えやすいのは当然ではあります。
だからと言って、ヒスイを生活必需品(道具)にするのも意味が在りません。
もっと別の、憧れの対象(ダイヤモンドみたいな)に成れば、独自の基準が出来るのでしょうけど…。
そう言った面では、ヒスイの色は様々な場面に例えとして出てきます。
こういった事からも「ヒスイが大好きな人に向けての表現法」とした方が、良いのでしょうね(笑)
更に、光沢よりも色彩の方が人間の印象に深く残る事も解りますので、「光沢+色彩」を基準としてヒスイ光沢を探求すれば、より確立しやすくなるかと考えています。(まぁ、私が生きている間に確立するとは思っていませんが(笑))
切磋琢磨の領域を追求すると、その奥深さに魅了されていく自分がいます。
きっと先人達が切り開いた道を辿っているのだろうな〜、と想いながら創作活動をしています(笑)